一雨ごとに成長し、緑濃くなる
2024.05.01
一雨ごとに成長し、緑濃くなる
自然界の動植物はなぜあのように素晴らしい色彩や形をしているのだろうか。私たちは例え、薬品や絵画材料を使っても決して同じように表現できないし、形に至っては私たちの想像を超えるものも存在している。しかし私たちの感覚や知識からすれば、あり得ない色の組み合わせであっても自然界のものはそれなりにうまく収まっている。決して奇異な感じがしたり、他のものから浮いたりしていない。色彩に関しても、ダーウィン流の進化があるのだろうか。兎に角4月から5月にかけての芽吹きから始まって花をつけ、新緑に輝く過程はその美しさをいくら強調してもしすぎることはない。
そんな4月の初めの朝4時30分、辺りはまだ暗い。そんな中、一路富山県黒部市を目指した。大学を卒業して、50数年、学年40人のうち、8人の同窓生が宇奈月温泉に集まるという。運転手は80歳間近の私一人、距離は片道430km、雨模様、車のタイヤはスポーツ仕様で、横向きに少し溝があるだけのランフラットタイヤ、何年か前に雨の高速道路でスリップした経験のある同じタイプのものだった。別の車でと忠告も受けたが、慎重運転を心がけるということで、暗闇で小雨の降る中、一路越中富山を目指した。室内には流れる音楽がなかった。ただ力強く鼓動するターボエンジンが私の心を揺さぶり、期待に忠実に反応した。日ごろ混んでいる阪和自動車道や近畿自動車道も、さすがこの時間、ブレーキの世話になる事もなく、一気に通過し、門真で第2京阪に舵をきった。ここはいつもパトカーが目を光らせている高速道路、朝もやの中、安全運転で通り過ぎた。久御山ICを右折し、京滋バイパスに入った。雨は降り続いていた。
長いトンネルを過ぎ、一回転して、名神高速道路に合流した。前方に近江富士のシルエットが迫ってきた。アウトレットで来たことがあった竜王を通り過ぎ、車は琵琶湖右岸を順調に期待に応えて進んでいった。しかし少し疲れたこともあって、多賀SAで簡単な食事と身支度を整えて、再び名神高速道路に車を進めた。トラックの通行は激しい。新聞で騒がれている物流問題はどうなるのだろうか。米原で北陸道に入ると、さすが交通量は少ない。飛ばしてはいけないと思いながら、ついアクセルを強く踏んでしまうことがある。賤ヶ岳古戦場の木之本ICを過ぎると、福井県は目の前に迫ってきた。敦賀に到着。街からだいぶ離れている。ここを過ぎると、上り線と下り線が逆になって別れてしまう。その理由がわからない。
越前、鯖江を過ぎるともう福井市。永平寺、勝山、大野方面行の中部縦貫自動車道の入り口が見えてきた。子どもの夢を乗せた恐竜博物館ももうすぐだ。56年前を思い出した。当時アルゼンチンに駐在していた。日本から来た会社の人にはブエノスアイレスの名所を案内したが少し日程に余裕がある人には60kmほど離れたラ・プラタ市を案内した。そこには博物館(Museo de LaPlata)があった。私は全然興味がなかったが、南米で発掘された恐竜が所狭しと展示されていた。いつでも入場できた。しかし今となってはその博物館が世界的に有名となり、見学に予約が必要と聞いた。そんな昔話を思い浮かべながら、北陸道をどんどん北上し、あわら市から石川の加賀市に入った。時刻は8時前、尼御前SAに入った。ほぼ休みなく走ってきたので、さすが少し疲れを感じ、休憩をとった。20分後に出発したが、予定より早く着きそうなので、2月のブリで毎年お世話になる氷見市の魚吉さんに向かった。何年ぶりだろう氷見に来たのは。しかし氷見の商店街は水曜日休みであった。残念だと言うより計画性のない私が悪かった。富山市に引き返した。越中富山は大きな町であった。市内は有名なLRT(路面電車)が走っていた。昼時であった。おいしいものを食べたかった。ネットで見たNHKの隣のすし屋に入った。握り定食を注文した。大阪でそれなりの寿司を食べたこともあるがここの寿司のおいしさは格別であった。13時ころそこを出て、宇奈月温泉に向かった。長い旅であったが、案外疲れを感じなかった。最初に到着した。しばらくして京都からT君がやってきた。その後東京や尼崎から全員到着した。揃って食事を楽しみ、過去のこと、今のこと等いろいろ話に花を咲かせた。次の日は朝から梅田の病院で定期検診があるので、夜の8時30分、強い雨が降る宇奈月を後にし、一路堺に向かった。夜の高速はトラックが多い。雨が降る暗闇の中、それらのトラックを抜き去るのに少し神経を使ったが、午前1時無事我が家に到着した。
今月の気になった言葉。人間は他人を引きずり下ろして、快感を得ようとする弱い一面を持ち合わせています。それは昔も今も変わりません。特に貧しくて心に余裕がなくなる時、他人にも残酷になって心を傷つけてしまいがちです。貧しさに耐えながら懸命に働く父親の姿に愛を感じ取った少年の姿とは対照的です。貧しさは人間の持つ両面を浮き出してしまうのです。これは物質的な豊かさにも同じことが言えます。豊かであるがゆえに、人にやさしくできる人もいれば、逆に人を見下して、冷たくあしらおとする人もいます。貧しさにしろ、豊かさにしろ、私たちは自分が置かれた環境でどういう生き方を選択するかを常に迫られながら生きています。
長い連休の後、子どもたちは4月当初の入園時に戻ってしまうことも見られます。しかしこれは全く一過性のもので、すぐに幼稚園のことを思い出し、元気に活躍することになります。先生方が精一杯だと思ってやっていることも、保護者の皆様からは時にはまだまだと叱咤激励されることもありますが、皆様方の信頼に応えていくことができるよう取り組んでまいります。ご支援、お力添え宜しくお願い致します。
一雨ごとに成長し、緑濃くなる
自然界の動植物はなぜあのように素晴らしい色彩や形をしているのだろうか。私たちは例え、薬品や絵画材料を使っても決して同じように表現できないし、形に至っては私たちの想像を超えるものも存在している。しかし私たちの感覚や知識からすれば、あり得ない色の組み合わせであっても自然界のものはそれなりにうまく収まっている。決して奇異な感じがしたり、他のものから浮いたりしていない。色彩に関しても、ダーウィン流の進化があるのだろうか。兎に角4月から5月にかけての芽吹きから始まって花をつけ、新緑に輝く過程はその美しさをいくら強調してもしすぎることはない。
そんな4月の初めの朝4時30分、辺りはまだ暗い。そんな中、一路富山県黒部市を目指した。大学を卒業して、50数年、学年40人のうち、8人の同窓生が宇奈月温泉に集まるという。運転手は80歳間近の私一人、距離は片道430km、雨模様、車のタイヤはスポーツ仕様で、横向きに少し溝があるだけのランフラットタイヤ、何年か前に雨の高速道路でスリップした経験のある同じタイプのものだった。別の車でと忠告も受けたが、慎重運転を心がけるということで、暗闇で小雨の降る中、一路越中富山を目指した。室内には流れる音楽がなかった。ただ力強く鼓動するターボエンジンが私の心を揺さぶり、期待に忠実に反応した。日ごろ混んでいる阪和自動車道や近畿自動車道も、さすがこの時間、ブレーキの世話になる事もなく、一気に通過し、門真で第2京阪に舵をきった。ここはいつもパトカーが目を光らせている高速道路、朝もやの中、安全運転で通り過ぎた。久御山ICを右折し、京滋バイパスに入った。雨は降り続いていた。
長いトンネルを過ぎ、一回転して、名神高速道路に合流した。前方に近江富士のシルエットが迫ってきた。アウトレットで来たことがあった竜王を通り過ぎ、車は琵琶湖右岸を順調に期待に応えて進んでいった。しかし少し疲れたこともあって、多賀SAで簡単な食事と身支度を整えて、再び名神高速道路に車を進めた。トラックの通行は激しい。新聞で騒がれている物流問題はどうなるのだろうか。米原で北陸道に入ると、さすが交通量は少ない。飛ばしてはいけないと思いながら、ついアクセルを強く踏んでしまうことがある。賤ヶ岳古戦場の木之本ICを過ぎると、福井県は目の前に迫ってきた。敦賀に到着。街からだいぶ離れている。ここを過ぎると、上り線と下り線が逆になって別れてしまう。その理由がわからない。
越前、鯖江を過ぎるともう福井市。永平寺、勝山、大野方面行の中部縦貫自動車道の入り口が見えてきた。子どもの夢を乗せた恐竜博物館ももうすぐだ。56年前を思い出した。当時アルゼンチンに駐在していた。日本から来た会社の人にはブエノスアイレスの名所を案内したが少し日程に余裕がある人には60kmほど離れたラ・プラタ市を案内した。そこには博物館(Museo de LaPlata)があった。私は全然興味がなかったが、南米で発掘された恐竜が所狭しと展示されていた。いつでも入場できた。しかし今となってはその博物館が世界的に有名となり、見学に予約が必要と聞いた。そんな昔話を思い浮かべながら、北陸道をどんどん北上し、あわら市から石川の加賀市に入った。時刻は8時前、尼御前SAに入った。ほぼ休みなく走ってきたので、さすが少し疲れを感じ、休憩をとった。20分後に出発したが、予定より早く着きそうなので、2月のブリで毎年お世話になる氷見市の魚吉さんに向かった。何年ぶりだろう氷見に来たのは。しかし氷見の商店街は水曜日休みであった。残念だと言うより計画性のない私が悪かった。富山市に引き返した。越中富山は大きな町であった。市内は有名なLRT(路面電車)が走っていた。昼時であった。おいしいものを食べたかった。ネットで見たNHKの隣のすし屋に入った。握り定食を注文した。大阪でそれなりの寿司を食べたこともあるがここの寿司のおいしさは格別であった。13時ころそこを出て、宇奈月温泉に向かった。長い旅であったが、案外疲れを感じなかった。最初に到着した。しばらくして京都からT君がやってきた。その後東京や尼崎から全員到着した。揃って食事を楽しみ、過去のこと、今のこと等いろいろ話に花を咲かせた。次の日は朝から梅田の病院で定期検診があるので、夜の8時30分、強い雨が降る宇奈月を後にし、一路堺に向かった。夜の高速はトラックが多い。雨が降る暗闇の中、それらのトラックを抜き去るのに少し神経を使ったが、午前1時無事我が家に到着した。
今月の気になった言葉。人間は他人を引きずり下ろして、快感を得ようとする弱い一面を持ち合わせています。それは昔も今も変わりません。特に貧しくて心に余裕がなくなる時、他人にも残酷になって心を傷つけてしまいがちです。貧しさに耐えながら懸命に働く父親の姿に愛を感じ取った少年の姿とは対照的です。貧しさは人間の持つ両面を浮き出してしまうのです。これは物質的な豊かさにも同じことが言えます。豊かであるがゆえに、人にやさしくできる人もいれば、逆に人を見下して、冷たくあしらおとする人もいます。貧しさにしろ、豊かさにしろ、私たちは自分が置かれた環境でどういう生き方を選択するかを常に迫られながら生きています。
長い連休の後、子どもたちは4月当初の入園時に戻ってしまうことも見られます。しかしこれは全く一過性のもので、すぐに幼稚園のことを思い出し、元気に活躍することになります。先生方が精一杯だと思ってやっていることも、保護者の皆様からは時にはまだまだと叱咤激励されることもありますが、皆様方の信頼に応えていくことができるよう取り組んでまいります。ご支援、お力添え宜しくお願い致します。
ご入園、ご進級おめでとうございます
2024.04.01
ご入園、ご進級 おめでとうございます
カタクリの花が咲き、遣唐使が中国からもたらした梅が土筆や蕨を従えてそれに続き、コブシ、椿にその場所を譲っている。様々な色の椿がある中で、清楚で村里でひっそりと咲く、その存在感を誇示していないヤブ椿が一番好きだ。「巨勢山(こせやま)のつらつら椿つらつらに見つつ偲(しの)はな巨勢の春野を」椿は日本原産で、椿という字は日本でできた文字とか。そんな椿の終わり頃、待ちに待った桜満開の季節の到来です。まさに春爛漫、土の中で惰眠を貪っていた小動物も生命を吹き返し、命の鼓動が聞こえるようになった。街に、野山に、至る所にも芽吹きも見られるようになり、私たちも厚着から解放され、より軽快に、より自由に動き回る季節が到来しました。
ご入園、ご進級誠におめでとうございます。
皆さんがやってくるのを今か今かと首を長くして待っていました。皆さんは今日から私たちの仲間です。何でもわからない事があれば、聞いてくださいね。いろいろなことを経験し、体験し、突然のことに遭遇しても、皆さんには優しい先生、強い先生、明るい先生や何でもよく気が付く先生が周りにいっぱいいます。何の心配もいりません。いろいろなことをしましょう。沢山遊びましょう。様々な場所にも出かけましょう。そしておいしい給食をたくさん食べましょう。元気になる秘訣です。先生はいつも皆さんの味方です。じっといつも皆さんのことを見守っています。怖がったり、泣いたりすることは何もありません。これから生きていく上での大きな成長、発達へとつなげていきましょう。
「三つ子の魂百まで」、古今場所を問わずの原理原則です。今をしっかり生き続け、将来の土台作りをしましょう。困ったことや悲しいことがあったら、なんでも先生に話をしてください。きっと楽しい、素晴らしい解決方法がそこにあります。進級児の皆さん、楽しい、新しい学年が始まりました。今までの幼稚園生活で経験したこと、体験したこと、教わったことを土台にして、この一年、大きな飛躍の年になるように努力していきましょう。それと同時に新入園児の皆さんに優しく何でも教えてあげましょう。人生は教え、教えられての繰り返しなのです。仲間たちと楽しく過ごし、今しかできないことをしっかりやっていきましょう。幼稚園で過ごした貴重な幼児期が皆さんにとって大きな役割を果たす時が必ずあります。最後に気になった言葉を引用させていただきます。
忘れてならぬものは恩義、捨ててならぬものは義理、人に与えるものは人情、繰り返してならぬものは過失、通してならぬものは我意、笑ってならぬものは人の失敗、聞いてはならぬものは秘密、金で買えぬものは信用。 近藤勇の言葉より
2024年4月、卯月、新しい年度の始まりです。始めよければ、終わりよし。(A good beginning makes a good ending.)手をたずさえて頑張りぬきましょう。
今年一年間、ご支援、お力添えをいただきますよう、お願い申し上げます。
ご入園、ご進級 おめでとうございます
カタクリの花が咲き、遣唐使が中国からもたらした梅が土筆や蕨を従えてそれに続き、コブシ、椿にその場所を譲っている。様々な色の椿がある中で、清楚で村里でひっそりと咲く、その存在感を誇示していないヤブ椿が一番好きだ。「巨勢山(こせやま)のつらつら椿つらつらに見つつ偲(しの)はな巨勢の春野を」椿は日本原産で、椿という字は日本でできた文字とか。そんな椿の終わり頃、待ちに待った桜満開の季節の到来です。まさに春爛漫、土の中で惰眠を貪っていた小動物も生命を吹き返し、命の鼓動が聞こえるようになった。街に、野山に、至る所にも芽吹きも見られるようになり、私たちも厚着から解放され、より軽快に、より自由に動き回る季節が到来しました。
ご入園、ご進級誠におめでとうございます。
皆さんがやってくるのを今か今かと首を長くして待っていました。皆さんは今日から私たちの仲間です。何でもわからない事があれば、聞いてくださいね。いろいろなことを経験し、体験し、突然のことに遭遇しても、皆さんには優しい先生、強い先生、明るい先生や何でもよく気が付く先生が周りにいっぱいいます。何の心配もいりません。いろいろなことをしましょう。沢山遊びましょう。様々な場所にも出かけましょう。そしておいしい給食をたくさん食べましょう。元気になる秘訣です。先生はいつも皆さんの味方です。じっといつも皆さんのことを見守っています。怖がったり、泣いたりすることは何もありません。これから生きていく上での大きな成長、発達へとつなげていきましょう。
「三つ子の魂百まで」、古今場所を問わずの原理原則です。今をしっかり生き続け、将来の土台作りをしましょう。困ったことや悲しいことがあったら、なんでも先生に話をしてください。きっと楽しい、素晴らしい解決方法がそこにあります。進級児の皆さん、楽しい、新しい学年が始まりました。今までの幼稚園生活で経験したこと、体験したこと、教わったことを土台にして、この一年、大きな飛躍の年になるように努力していきましょう。それと同時に新入園児の皆さんに優しく何でも教えてあげましょう。人生は教え、教えられての繰り返しなのです。仲間たちと楽しく過ごし、今しかできないことをしっかりやっていきましょう。幼稚園で過ごした貴重な幼児期が皆さんにとって大きな役割を果たす時が必ずあります。最後に気になった言葉を引用させていただきます。
忘れてならぬものは恩義、捨ててならぬものは義理、人に与えるものは人情、繰り返してならぬものは過失、通してならぬものは我意、笑ってならぬものは人の失敗、聞いてはならぬものは秘密、金で買えぬものは信用。 近藤勇の言葉より
2024年4月、卯月、新しい年度の始まりです。始めよければ、終わりよし。(A good beginning makes a good ending.)手をたずさえて頑張りぬきましょう。
今年一年間、ご支援、お力添えをいただきますよう、お願い申し上げます。
巣立っていく皆さんへ 本流を堂々と
2024.03.01
巣立っていく皆さんへ 本流を堂々と
昔高校の教員をしていた頃、英語の教科書選定にあたり、教科書会社から提案され、この学校にはこの教科書は易し過ぎるとか、あるいは難しすぎるとか、喧々諤々の議論の末にリーダーの教科書に「MAIN STREAM」を選んだことがあった。30年以上の前の話だから今そのシリーズがあるかどうかわからない。その中でイギリス、テムズ川の源流の話があった。トネリコの樹木が自生する、観光名所のコッツウォルズ近くの丘から湧き出た水が途中ロンドン盆地に流れ込み、グレーターロンドンを貫通して、340kmの旅を終え、北海に注いでいる。
今卒園や進級を控えた幼稚園児もこの川のように例えてもいいのではと思う。岩からしみ出るわずかな水が集まって少しずつ大きな流れとなって本流に変貌していく。ひよこ、りす、きりん、年少、年中さんはまだまだ湧き出た水が支流となって下っていく。卒園児の皆さんは支流が他の支流と合体して、少し大きな支流になっていく。これから小学校、中学校、高等学校、大学と進学するにつれて、未知の人との交わりが増える、言ってみれば、様々な支流と合流して、大きな一本の川となる。働き盛りの30代、40台、50代ではロンドンを流れるテムズ川のように、人々の生活の営みにかけがえのない役割を果たし、静かに北海に消えていく。
卒園児の皆さんは幼稚園で様々なことを学び、経験し、体験し、友達と交わり、肉体の面でも、知性の面でも、もう誰にも負けることのない位、立派に成長しました。認知能力、非認知能力も含め、幼児教育の全ては幼稚園で習得し、完結しました。「三つ子の魂百まで」の諺通り、これからの基礎基盤となる基本的な要素は全て子どもたちの中に貴重な宝物として残っています。これからはその宝物の土台の上に様々な経験や知識を積み重ねて自分にできる範囲の社会的貢献をし、生まれてきた証、存在した意義を示して欲しいと思います。そして紛争のない、人間らしい生活を享受できる世界になるように役立ってほしいと思います。英知を授かった皆さんならきっとできると思います。それにもまして、これからの長い年月にわたって、健康を害することのないよう十分気を付けてほしい。時には幼稚園を思い浮かべてください。時には卒園アルバムをそっと覗いてください。新たなエネルギーが体内に湧き上がってくることでしょう。
最後に皆さんに私がいつも言っている二つの諺を贈ります。一つは「人事を尽くして天命を待つ」それと「実るほど頭の垂れる稲穂かな」です。卒園児の皆さん、いよいよお別れです。
ひよこ、りす、きりん、年少、年中組のみなさん、皆さんはこの一年で大きく成長しました。発表会を見てそのことを実感しました。皆さんはこれからお兄ちゃん、お姉ちゃんです。新しく幼稚園に入園した皆さんにもいろいろ教えてあげましょう。そして今までと同じように幼稚園で先生と一緒に楽しく過ごしましょう。
最近読んだ本の中から。「美しい心でいたいならば、常に美しいものに触れなさい。自然であれ、何であれ、美しいものに触れて感動すれば、それが自分の勇気と生きる力になる」 菊池寛が興した「文芸春秋」、最近あまりにも低俗な雑誌に変貌したと思うのは私だけだろうか。泉下の菊池はどう思っているのだろうか。「お皿は必ず裏から洗うのですよ。表の汚れをそのままにする人はいませんから。見えない裏を美しくすれば、自然に全体が奇麗になる」 ある人は母から「うそをついたらダメ、ずるをしたらダメ、楽な道と苦しい道があったら、苦しい道を歩め」「働かせてもらえるだけで有難いから、給料の額に文句を言っちゃいけないよ」と厳しく言われた。「努力は決して裏切らない。必ず報われる」「人間の能力に大差はない。あるとすれば努力と根性の差である」「夢をもて、夢は叶う」
弥生三月歓喜の時、あらゆる生命体が目覚め始めました。私たちも負けないように足並みをそろえて頑張っていきます。2023年度、この一年、ありがとうございました。
巣立っていく皆さんへ 本流を堂々と
昔高校の教員をしていた頃、英語の教科書選定にあたり、教科書会社から提案され、この学校にはこの教科書は易し過ぎるとか、あるいは難しすぎるとか、喧々諤々の議論の末にリーダーの教科書に「MAIN STREAM」を選んだことがあった。30年以上の前の話だから今そのシリーズがあるかどうかわからない。その中でイギリス、テムズ川の源流の話があった。トネリコの樹木が自生する、観光名所のコッツウォルズ近くの丘から湧き出た水が途中ロンドン盆地に流れ込み、グレーターロンドンを貫通して、340kmの旅を終え、北海に注いでいる。
今卒園や進級を控えた幼稚園児もこの川のように例えてもいいのではと思う。岩からしみ出るわずかな水が集まって少しずつ大きな流れとなって本流に変貌していく。ひよこ、りす、きりん、年少、年中さんはまだまだ湧き出た水が支流となって下っていく。卒園児の皆さんは支流が他の支流と合体して、少し大きな支流になっていく。これから小学校、中学校、高等学校、大学と進学するにつれて、未知の人との交わりが増える、言ってみれば、様々な支流と合流して、大きな一本の川となる。働き盛りの30代、40台、50代ではロンドンを流れるテムズ川のように、人々の生活の営みにかけがえのない役割を果たし、静かに北海に消えていく。
卒園児の皆さんは幼稚園で様々なことを学び、経験し、体験し、友達と交わり、肉体の面でも、知性の面でも、もう誰にも負けることのない位、立派に成長しました。認知能力、非認知能力も含め、幼児教育の全ては幼稚園で習得し、完結しました。「三つ子の魂百まで」の諺通り、これからの基礎基盤となる基本的な要素は全て子どもたちの中に貴重な宝物として残っています。これからはその宝物の土台の上に様々な経験や知識を積み重ねて自分にできる範囲の社会的貢献をし、生まれてきた証、存在した意義を示して欲しいと思います。そして紛争のない、人間らしい生活を享受できる世界になるように役立ってほしいと思います。英知を授かった皆さんならきっとできると思います。それにもまして、これからの長い年月にわたって、健康を害することのないよう十分気を付けてほしい。時には幼稚園を思い浮かべてください。時には卒園アルバムをそっと覗いてください。新たなエネルギーが体内に湧き上がってくることでしょう。
最後に皆さんに私がいつも言っている二つの諺を贈ります。一つは「人事を尽くして天命を待つ」それと「実るほど頭の垂れる稲穂かな」です。卒園児の皆さん、いよいよお別れです。
ひよこ、りす、きりん、年少、年中組のみなさん、皆さんはこの一年で大きく成長しました。発表会を見てそのことを実感しました。皆さんはこれからお兄ちゃん、お姉ちゃんです。新しく幼稚園に入園した皆さんにもいろいろ教えてあげましょう。そして今までと同じように幼稚園で先生と一緒に楽しく過ごしましょう。
最近読んだ本の中から。「美しい心でいたいならば、常に美しいものに触れなさい。自然であれ、何であれ、美しいものに触れて感動すれば、それが自分の勇気と生きる力になる」 菊池寛が興した「文芸春秋」、最近あまりにも低俗な雑誌に変貌したと思うのは私だけだろうか。泉下の菊池はどう思っているのだろうか。「お皿は必ず裏から洗うのですよ。表の汚れをそのままにする人はいませんから。見えない裏を美しくすれば、自然に全体が奇麗になる」 ある人は母から「うそをついたらダメ、ずるをしたらダメ、楽な道と苦しい道があったら、苦しい道を歩め」「働かせてもらえるだけで有難いから、給料の額に文句を言っちゃいけないよ」と厳しく言われた。「努力は決して裏切らない。必ず報われる」「人間の能力に大差はない。あるとすれば努力と根性の差である」「夢をもて、夢は叶う」
弥生三月歓喜の時、あらゆる生命体が目覚め始めました。私たちも負けないように足並みをそろえて頑張っていきます。2023年度、この一年、ありがとうございました。
和顔愛語
2024.02.02
和顔愛語
山茶花の赤や白の花が咲き乱れ、道に面した梅の花にも季節を告げるように白い花がほころび始めました。その名が示すように椿も負けじと蕾を膨らせています。それぞれ冬の厳しい寒さを乗り越えた喜びの瞬間なのでしょう。もうすぐ小動物たちも深い眠りから目を覚ますことでしょう。光り輝く太陽も私たちに少し近づき、昼の長さも目に見えて長くなったような気がします。
2月4日の立春ももうすぐ、とはいえ、受験生には厳しい試練が続くときであると同時に、自分の実力が試される時、一瞬たりとも気が抜けない日々が続いていることでしょう。反面私たちの時とは違って、指定校や推薦入試ですでに決まっていたり又全入時代に突入して、心に少し余裕がある人も存在するでしょう。この時期に経験した勉強や困難を乗り越える力は将来にわたって人生の大きな助けになります。
努力は決して人を裏切ることはないし、無駄な努力は何もないと思う。努力を続けることによって、いつかそれに光が当たり、報われることも十分考えられる。個人のことですが、高校時代は図書部に入り、ありとあらゆるジャンルの本をむさぼるように読んだ。直接的に大いに役立ったことは思い当たらないが、外国人を含めて様々な人たちとの話にも躊躇なく仲間入りすることができたのも一つのメリットかもしれないし、何か漠然とした自信がついたのかもしれない。「冬来たりなば春遠からじ」春を待ちわびる人の心境だろう。
さて、「情けは人の為ならず」はどういう意味ですか?と高校教員をしていた時、あるいは幼稚園の採用試験で設問したことがあった。ほとんどの人が「人に情けをかけて助けることになると、結局その人の為にはならない。」という回答が多かった。本当は「情けや親切を人にすると、いつかそれは自分に戻ってくる」という意味ですが、後々のことを考え、損得を考えて、こんな言葉を言っているのでしょうか。ある人は今年の目標に、謙虚、素直、感謝 の三つに「利他の心」を付け加えました。「自分のことよりも他人の幸福を願うこと、自分を犠牲にして、他人のために尽くすこと」すぐに全てを実行できなくとも、その心持は大事なことです。
美木多幼稚園初代園長の宮下紀久子は習字が得意で、よく展覧会にも出品していました。その中で圧倒的に多かった作品は「和顔愛語」でした。幼稚園や老人施設にも掛けています。読み方はワゲンアイゴ、仏教用語で「穏やかな顔と思いやりのある話し方で人に接する」ことです。非常に尊い言葉ですが、私たち凡夫においては、これを完全に実行することは不可能ではと思ったりします。実際機嫌が悪い時や落ち込んでいる時は無愛想にもなりますし、人を傷つけたりする言葉を発することもあります。しかし現実には「穏やかな顔や優しい言葉」が必要なことは言うまでもありませんし、もっと進んで「相手の気持ちを先に察し、その望みを受け取り、満たしてあげる」のが理想的であるのでしょう。亡くなって25年経っていますから、その真意はわかりませんが、その思いは「和顔愛語」通りだったのでしょう。
先日は能登半島地震へのご支援ありがとうございました。日本赤十字社を通じて石川県に届けさせていただきました。お年玉から寄付されていたお子さまも沢山おられました。同じ小さな子どもたちが被災にあわれたと思うと、本当に心が痛みます。一刻も早い復興、そして能登半島が再びよみがえることを願ってやみません。
さて、今遊戯室やホールでは音楽・生活発表会に向けての追い込みに大わらわです。子どもたちも頑張っています。それ以上に先生たちの頑張りは気迫に満ちたものがあります。是非、発表会当日は子どもたちの迫力に満ちた歌や合奏、迫真の演技に惜しみない、暖かい応援をお願いします。
いよいよあと二か月で卒園、進級です。子どもたちは大きな成長、発達を遂げてきました。将来の日本を支える大切な、大切な人たちです。健康で心豊かな人になる事を願ってやみません。
2月、如月、建国の月、いつものことながら、ご支援、お力添え、よろしくお願いします。
山茶花の赤や白の花が咲き乱れ、道に面した梅の花にも季節を告げるように白い花がほころび始めました。その名が示すように椿も負けじと蕾を膨らせています。それぞれ冬の厳しい寒さを乗り越えた喜びの瞬間なのでしょう。もうすぐ小動物たちも深い眠りから目を覚ますことでしょう。光り輝く太陽も私たちに少し近づき、昼の長さも目に見えて長くなったような気がします。
2月4日の立春ももうすぐ、とはいえ、受験生には厳しい試練が続くときであると同時に、自分の実力が試される時、一瞬たりとも気が抜けない日々が続いていることでしょう。反面私たちの時とは違って、指定校や推薦入試ですでに決まっていたり又全入時代に突入して、心に少し余裕がある人も存在するでしょう。この時期に経験した勉強や困難を乗り越える力は将来にわたって人生の大きな助けになります。
努力は決して人を裏切ることはないし、無駄な努力は何もないと思う。努力を続けることによって、いつかそれに光が当たり、報われることも十分考えられる。個人のことですが、高校時代は図書部に入り、ありとあらゆるジャンルの本をむさぼるように読んだ。直接的に大いに役立ったことは思い当たらないが、外国人を含めて様々な人たちとの話にも躊躇なく仲間入りすることができたのも一つのメリットかもしれないし、何か漠然とした自信がついたのかもしれない。「冬来たりなば春遠からじ」春を待ちわびる人の心境だろう。
さて、「情けは人の為ならず」はどういう意味ですか?と高校教員をしていた時、あるいは幼稚園の採用試験で設問したことがあった。ほとんどの人が「人に情けをかけて助けることになると、結局その人の為にはならない。」という回答が多かった。本当は「情けや親切を人にすると、いつかそれは自分に戻ってくる」という意味ですが、後々のことを考え、損得を考えて、こんな言葉を言っているのでしょうか。ある人は今年の目標に、謙虚、素直、感謝 の三つに「利他の心」を付け加えました。「自分のことよりも他人の幸福を願うこと、自分を犠牲にして、他人のために尽くすこと」すぐに全てを実行できなくとも、その心持は大事なことです。
美木多幼稚園初代園長の宮下紀久子は習字が得意で、よく展覧会にも出品していました。その中で圧倒的に多かった作品は「和顔愛語」でした。幼稚園や老人施設にも掛けています。読み方はワゲンアイゴ、仏教用語で「穏やかな顔と思いやりのある話し方で人に接する」ことです。非常に尊い言葉ですが、私たち凡夫においては、これを完全に実行することは不可能ではと思ったりします。実際機嫌が悪い時や落ち込んでいる時は無愛想にもなりますし、人を傷つけたりする言葉を発することもあります。しかし現実には「穏やかな顔や優しい言葉」が必要なことは言うまでもありませんし、もっと進んで「相手の気持ちを先に察し、その望みを受け取り、満たしてあげる」のが理想的であるのでしょう。亡くなって25年経っていますから、その真意はわかりませんが、その思いは「和顔愛語」通りだったのでしょう。
先日は能登半島地震へのご支援ありがとうございました。日本赤十字社を通じて石川県に届けさせていただきました。お年玉から寄付されていたお子さまも沢山おられました。同じ小さな子どもたちが被災にあわれたと思うと、本当に心が痛みます。一刻も早い復興、そして能登半島が再びよみがえることを願ってやみません。
さて、今遊戯室やホールでは音楽・生活発表会に向けての追い込みに大わらわです。子どもたちも頑張っています。それ以上に先生たちの頑張りは気迫に満ちたものがあります。是非、発表会当日は子どもたちの迫力に満ちた歌や合奏、迫真の演技に惜しみない、暖かい応援をお願いします。
いよいよあと二か月で卒園、進級です。子どもたちは大きな成長、発達を遂げてきました。将来の日本を支える大切な、大切な人たちです。健康で心豊かな人になる事を願ってやみません。
2月、如月、建国の月、いつものことながら、ご支援、お力添え、よろしくお願いします。
2024年、平和で安心な世界が訪れますように
2023.12.19
2024年、平和で安心な世界が訪れますように
あけましておめでとうございます。2024年1月、新しい年が始まりました。新しい年と言ってもただ単に年号が変わるだけで、何の変化もないと醒めた目でシニカルに言う人もいるでしょう。しかし新しい年はやはり何かしらドキドキ、ワクワク、ある期待感を私たちにもたらしてくれるのも事実、悠久の歴史の中で人類は何回新しい年や四季の移り変わりを身をもって体験したことでしょう。そして今年こそは、今年こそはと思いを新たに挑戦してきたか、あるいは挑戦しようとしたことでしょう。一年の計は元旦にあり、とは名言とはいえ、どれ程の人がそれを自分のことと捉え、実行してきたのでしょう。それがいいか悪いかは別として、明治以前は、20年たっても、30年たっても、例え50年たっても世の中の変化はなかった。大きなほぼ決まった枠組みの中で、人は生まれ、成長し、結婚し、出産し、老いて死んでいった。自分の意志で大きな変化にチャレンジすることはほぼなかった。
しかし21世紀の今、人間の能力や才能には昔とそれほど相違はないが、時代やその背景は大きく異なり、人との交わりも希薄化されてきた。それと同時に島国日本も容赦なく世界の荒波に翻弄され、日本だけが他国と別でいることができなくなった。否応なくグローバリゼーションの世界に飲み込まれるようになった。それは体制や人種の問題にとどまらず、私たちの心の中にまで変革を迫られるようになった。古くから維持してきた道徳や公共心、考え方、習慣などが諸外国からの激しいパッシングにさらされるようにもなった。
又今まではあり得なかった考えや思想もそれが正しいものと認識され、受け入れることを余儀なくされるようになった。私たちは昔の人なら、こう考える、このように物事を進めていく、あるいはそれは独りよがりの思いで、そんなことは考えられないといったことが諸外国とのフィルターに掛けられ、それは当然とか、当然のこととして処理されるようになった。21世紀に入り世界は混とんとした状態になり、対決や力の世紀になってきた。いたる所で民族、宗教、領土などの問題で、人が人を平気で殺し、傷つけることが日常茶飯事、まさに狂気の時代に私たちは翻弄されていると言っても過言ではない。又誰が悪いと声高に叫ぶことも躊躇され、口をつぐむ傾向もある。1980年、ニューヨークのダコタハウスで不本意に生涯を閉じた John Lenon と Yokoの「imagine」はベトナム戦争の最中、一部共産主義、左翼思想と揶揄されることもあったが、その内容には共鳴することが多い。「想像してみて、天国などないと。その気になればかんたんさ、大地の下に地獄など無く、頭の上にあるのは空だけ。想像してごらんよ、みんなが今日を生きている。想像してみて、国など無いと、難しい事じゃないさ、殺したり、殺されたりすることもなく、宗教も無い。想像してごらんよ、みんなが平和に暮らしている。君は僕を夢想家だと言うかも、でも僕だけじゃない。いつか君が仲間になってくれたら、世界は一つになるんだよ。想像してみて、独り占めも無いと、君にできるかな。欲張る必要も、飢える必要もなくなって、人類は兄弟だ。想像してごらんよ、人々が世界を分かち合う」戦争で犠牲になるのはいつも若者や名もない市井の一般市民、平和に心安らかに暮らせる日がいつ来るのだろうか。
幼稚園の3学期は音楽・生活発表会と卒園進級です。作品展が終わり、すぐに発表会に向けて取り組み始めました。過去から引き継いだ豊富な衣装、教職員が作った新しい衣装、それらを身に着けると別人のように子どもたちは光り輝いて見えます。合唱や合奏、音楽も大きな進化を目指して練習にまい進です。そして幼児教育の最後の大きなイベント、卒園式です。大きな成長を遂げたことを本当に誇らしげに語ってほしいと思います。この子たちが理不尽な環境に巻き込まれることなく、まさに堂々と道の真ん中を進まれることを心より期待しています。この2024年がお子さまにとっても、ご家族の皆様にとっても、幸多く、健康で心豊かな年でありますように心よりご祈念申し上げます。
あけましておめでとうございます。2024年1月、新しい年が始まりました。新しい年と言ってもただ単に年号が変わるだけで、何の変化もないと醒めた目でシニカルに言う人もいるでしょう。しかし新しい年はやはり何かしらドキドキ、ワクワク、ある期待感を私たちにもたらしてくれるのも事実、悠久の歴史の中で人類は何回新しい年や四季の移り変わりを身をもって体験したことでしょう。そして今年こそは、今年こそはと思いを新たに挑戦してきたか、あるいは挑戦しようとしたことでしょう。一年の計は元旦にあり、とは名言とはいえ、どれ程の人がそれを自分のことと捉え、実行してきたのでしょう。それがいいか悪いかは別として、明治以前は、20年たっても、30年たっても、例え50年たっても世の中の変化はなかった。大きなほぼ決まった枠組みの中で、人は生まれ、成長し、結婚し、出産し、老いて死んでいった。自分の意志で大きな変化にチャレンジすることはほぼなかった。
しかし21世紀の今、人間の能力や才能には昔とそれほど相違はないが、時代やその背景は大きく異なり、人との交わりも希薄化されてきた。それと同時に島国日本も容赦なく世界の荒波に翻弄され、日本だけが他国と別でいることができなくなった。否応なくグローバリゼーションの世界に飲み込まれるようになった。それは体制や人種の問題にとどまらず、私たちの心の中にまで変革を迫られるようになった。古くから維持してきた道徳や公共心、考え方、習慣などが諸外国からの激しいパッシングにさらされるようにもなった。
又今まではあり得なかった考えや思想もそれが正しいものと認識され、受け入れることを余儀なくされるようになった。私たちは昔の人なら、こう考える、このように物事を進めていく、あるいはそれは独りよがりの思いで、そんなことは考えられないといったことが諸外国とのフィルターに掛けられ、それは当然とか、当然のこととして処理されるようになった。21世紀に入り世界は混とんとした状態になり、対決や力の世紀になってきた。いたる所で民族、宗教、領土などの問題で、人が人を平気で殺し、傷つけることが日常茶飯事、まさに狂気の時代に私たちは翻弄されていると言っても過言ではない。又誰が悪いと声高に叫ぶことも躊躇され、口をつぐむ傾向もある。1980年、ニューヨークのダコタハウスで不本意に生涯を閉じた John Lenon と Yokoの「imagine」はベトナム戦争の最中、一部共産主義、左翼思想と揶揄されることもあったが、その内容には共鳴することが多い。「想像してみて、天国などないと。その気になればかんたんさ、大地の下に地獄など無く、頭の上にあるのは空だけ。想像してごらんよ、みんなが今日を生きている。想像してみて、国など無いと、難しい事じゃないさ、殺したり、殺されたりすることもなく、宗教も無い。想像してごらんよ、みんなが平和に暮らしている。君は僕を夢想家だと言うかも、でも僕だけじゃない。いつか君が仲間になってくれたら、世界は一つになるんだよ。想像してみて、独り占めも無いと、君にできるかな。欲張る必要も、飢える必要もなくなって、人類は兄弟だ。想像してごらんよ、人々が世界を分かち合う」戦争で犠牲になるのはいつも若者や名もない市井の一般市民、平和に心安らかに暮らせる日がいつ来るのだろうか。
幼稚園の3学期は音楽・生活発表会と卒園進級です。作品展が終わり、すぐに発表会に向けて取り組み始めました。過去から引き継いだ豊富な衣装、教職員が作った新しい衣装、それらを身に着けると別人のように子どもたちは光り輝いて見えます。合唱や合奏、音楽も大きな進化を目指して練習にまい進です。そして幼児教育の最後の大きなイベント、卒園式です。大きな成長を遂げたことを本当に誇らしげに語ってほしいと思います。この子たちが理不尽な環境に巻き込まれることなく、まさに堂々と道の真ん中を進まれることを心より期待しています。この2024年がお子さまにとっても、ご家族の皆様にとっても、幸多く、健康で心豊かな年でありますように心よりご祈念申し上げます。