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幼児教育の無償化

2018.07.01


 幼稚園の朝礼は3園とも8時から、その2分前の7時58分、建物に衝撃が走った。紛れもなく地震であった。テレビはすぐにこの地域は震度4と伝えた。寺田寅彦は「天災は忘れた頃にやってくる。」と言った。その通りであるが故に恐怖感も大きい。すぐに園内を点検し、連絡を取り合ったが、異常はなかった。ただ、北野田にある老人施設ハーモニーの4階までのエレベーターが停止した。私たちは日頃、避難訓練をし、防災マニュアルを作り、その時に備えているが、これを機により一層安全対策に取り組んでいきたい。幼稚園の通路には高いブロック塀はなく、園舎も国の安全基準を満たしているが、安全に安全を期すことは大切なこと、しかしその為に行動が萎縮しては本末転倒、バランスの取れた動きを心がけていきたい。私たち大阪南部ではたいした被害もなかったが、震源地近くに親族がおられ、運悪く被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
さていよいよ、7月20日過ぎより長い夏休みが始まります。休み中には日頃経験や体験できないことをするのも一つの方策、幸い日本は海も山も身近に存在している。ちなみにアメリカ人の中には海を知らない人も多いとか。そんなところに行くのも一つの方策だし、お父さん、お母さんの故郷を訪ねるのも意義あることです。夏休みをただ怠惰に過ごすのでなく、今年は何か一つのことを毎日続けてやってみたらどうだろうか。例えば早く寝る、起きる、新聞を取りに行く、ご飯を一緒に食べる、朝の挨拶をする、何でも良いから一つのことを継続してほしい。そして又お金のことも知ってほしい。何を買えるか、何を買わずに我慢できるか。具体的に学んでほしい。そしてちょっと難しいが節約という美徳も学んでほしい、皆さんが将来お金にその行動を制約されたり、縛られたり、すなわちお金の奴隷にならないためにも。しかし何よりも何よりもこの夏休み中は事故に遭わず、怪我をせず、病気になったりせずに元気いっぱい過ごして欲しい。そして8月27日から始まる二学期には元気な姿を見せて欲しい。 これからの日本を支える幼児の教育の無償化が今の政府によって具体化されつつあります。まだ費用負担の面で、未知数も多いので、保護者の皆様には責任を持って報告できないのですが、かすかに推定できるところを述べてみたいと思います。この施策はあくまで消費税が10%になるのが絶対条件ですが子育て支援法案も消費税が上がらなくても、実施された例があります。
1.実施時期  2019年10月。
2.財源 消費税率10%への引き上げによる増税分1,7兆円。
3.内容 就園奨励費上限の308000円、月額約25700円。これを越えた保育料の場合は 保育料 - 25700円=自己負担。
例えば毎月31000円の保育料であれば、31000円―25700円=5300円。(毎月の保育料)預かり保育は毎月約11300円まで無料。それを越えた部分は自己負担。
具体的な実施方法。 これも未定である。幼稚園は就園奨励費という形で、認定こども園では所得に応じた保育料という形で減免が行われているが、1.従来通りの形でおこなわれる。すなわち毎月決まった保育料を支払う。年度末に就園奨励費という形で308000円が支払われる。2.毎月の費用は決まった保育料から308000円の1/12を差し引いた金額を保育料として支払う。3.その他  従来通りでも事務量は大きいが毎月という形をとると、市町村の事務量も大幅に増えることが予想されるが、目に見える形と言うことになれば、認定こども園で実施されているような2. の形がベターかなと思う。 預かり保育について  預かり保育についても、1万円あまりの減免がされる予定。
費用負担  無償化の費用を誰が負担するかまだ決まっていないが、大方の予想として、国が1/2,大阪府と市町村がおのおの1/4とも言われている。

未来に残す遺産を

2018.06.01


6月、水無月(水の月)、農耕民族にとって大切な季節の到来です。体の消耗が激しいこの季節、親子ともども元気いっぱい乗り切っていきましょう。さて、世の中は天下泰平である証明なのかまたは三文記事に興味を持ち始めたのか、マスコミは売れる記事を求めて、針小棒大に報道し、それがどれほど人権を侵害しているのかを検証しないし、コメンテーターはディレクターの言いなりに自分の意見(持っているならばの話)を殺して発言している。週刊誌や新聞は特ダネを取ったかのように人のプライバシーの中に入り込み、パワハラ、セクハラ、マタハラ等のハラスメントに大きなスポットライトを与えている。過去からの全ての言葉がそれに関連付けられて非難され、素直な言葉の表現にも躊躇している。このことに食傷気味で、もういい加減にしろ、という意見もあれば、もっと見たい、聞きたい、知りたいという人もいる。何が正しくて、何が間違っているのか?時代の流れかなと思ったり、反対にもっと寛大な心を持ってほしいと思ったりもする。働き方の面でも同じ。昭和43年、会社に入って2年後に海外駐在を命じられた。そこで見た光景は今でも忘れられない。終業時刻で、幹部社員以外は仕事途中でも、一斉に退勤した。残った幹部はそんなことにお構いなく仕事を続けた。ルーティンワークだけで満足している人は、会社を愛する、仕事が好きというよりは自分の労働を切り売りしているだけで、ほかに良い条件があれば、いとも簡単に会社を替わった。地位やサラリーの向上を目指す者はそんな中にあっても人一倍仕事をした。明治維新からこの方、大きな戦争を経て、世界有数の経済発展を遂げることができた。勿論無謀な命令によって尊い人命が虫けらのように失われた悲惨な事実も存在し、大きな負の遺産となっている。しかし明治維新以来150年、日本人は不眠不休で頑張ってきた。誰が非難できようか。少しでも生活を向上させようと必死であった。その努力が実を結んだ。日本が外国に持っている債権は世界一の規模であり、ひょっとしたら、贅沢を言わなかったら、そんなに仕事をしなくても、暮らしに困らないかもしれない。小、中、高、大と適当にすごすだけで、就職先が見つかるかもしれない。そんな努力しない生活に満足が得られるのだろうか。しかし一方で、子どもが生まれた瞬間から勉強を始めさせる家庭がある。それはなぜなのだろうか。将来に対する漠然とした不安と勉強し努力することは将来大きな実を結ぶことを知っているからだろう。50年前、日本とアメリカの所得の差は10倍以上あった、日本と中国や韓国との差もその位であった。今はどの国とも大して差はなくなってきた。日本には1億人以上の比較的所得の高い人々がいるので、今はまだ企業も国内消費に助けられている面があるが、その優位性も開発途上国の追い上げに直面している。同じ商品を作り、同じ仕事をしているのであれば、遠からずアジアの諸国と同じ賃金体系になっていく。その商品、made in japan は戦前、ドイツ製品と比べて、安かろう、悪かろうの代名詞であったが戦後品質管理に積極的に取り組んだ結果、世界からその商品が垂涎の的で受け入れられるようになった。今は衣服から工業製品までmade in japan を前面に打ち出している。しかし少子化のせいか、人手不足のせいか、made in japan の劣化が始まり、その優位性がなくなるのも時間の問題という人もいる。いろいろ鑑みて考えると、私たちは社会のため、他人のために今以上に一生懸命働く、勉強する、このことが私たちがこの世に生まれてきて、やるべき大きな義務でないだろうか。権利も主張することも大事だが、義務に裏打ちされた権利が大切と思う。今外国人は大挙して日本に押し寄せている。先人たちが残してくれたさまざまな遺産に大きな賞賛を与えている。先人たちのように、私たちには残せるものがあるのだろうか。未来を支える幼稚園っ子、前途多難な道が待ち構えているだろう。子どもたちを立派に、やさしく育て上げるのは社会や親の努め、そしてその道を切り開いて進んでいくのは君たち、大きな期待にこたえることができるよう、頑張りをしてほしい。

三園、ともに協力し、力を出し合って

2018.05.01


42年前に泉北ニュータウンO住区(鴨谷台)の開発に伴い、大阪府企業局の幼稚園設置者募集に応募して立ち上げた美木多幼稚園、建築図書だけでなく、幼稚園設置に必要な設備、遊具、教材などの予算及び購入の文書並びに設置に必要とされる教職員の配置と確保、専門家の手を借りずに何回もの行政との打ち合わせ、大阪府からの土地購入や園舎建設の資金、解決すべきさまざまな問題が次から次へと押し寄せてきた。幸い仲間や友達に恵まれ、書類上の問題はどうにか解決することができた。パソコンもワードもない時代、全て手書きの書類であった。一番の問題は資金であった。両親も私も一介のサラリーマンであり、1970年代後半の2億円は今でも大変だが、当時は想像を超えていた。両親の退職金や私の新築の家や先祖代々耕作してきた田地の売却、そして何よりも知人に紹介を受けた住友銀行堺支店の支店長が担保にならない調整区域の田畑を担保にして融資していただいたのが嬉しかった。父親は担保に入れることは隣近所の手前強く反対したが、私は無理を押し通した。それら調達した全ての金額と20年返済の私学事業団からの借り入れで資金のめどがついた。赤い瓦屋根の園舎の建築が始まった。日に日に完成に近づき、昭和53年4月1日に開園することができた。33歳のときであった。当初40人あまり、人数は心配していなかった。どうしたら子供が喜ぶか、どうしたら子供のためになるか、どうしたら保護者の皆さんに理解してもらえるか、応援団になってもらえるか。それまでの幼稚園にないこと、していないことを次々と取り上げていった。それが初代園長の人柄と相まって、加速度的に園児数が増えていった。しかし町が成熟するにつれて、園児数も徐々に減り始めた。諏訪森幼稚園は今から9年前に経営が厳しいから、協力してほしいといわれた。諏訪森は高校の友達がいたせいか親近感があった。諏訪森幼稚園は堺で2番目に古い幼稚園と知った。そして老若男女にかかわらず、地域に卒園されている人が多いと聞き、経営に参加させて頂くことになった。その後、認定子ども園として認可を受け、4年目になった。建物や土地購入に対する国や市町村からの補助金は幼稚園については全くないが、認定子ども園は国の施策でもあり、資金的には苦しかったが、一部補助金を受けて新しい建物が完成した。それから3年余り、教職員、保護者の皆さんのご理解により、園児の皆さんにも来ていただき、負債の返済も順調に推移している。これからも創立に携わった先人たちの意思を汲み取って、地域の幼児教育センターとして、その存在感を高めていきたい。鳳幼稚園は民営化に伴って応募し選考された。前の公立鳳幼稚園も長い歴史を持ち、決定される前に何回か見学にも言った。どことなく歴史を感じさせる幼稚園であったが、古い幼稚園を取り壊し、建物を新築した。幼稚園部門に対する国からの補助金は全然なく、大きな負債を抱えたが、鴨谷学園全体で見ると、負債よりも資産のほうがはるかに上回っている。三園に共通してこだわっている所はどの園も天井の高い遊戯室が備わり、子どもの安心、安全を考えて床が無垢のフローリングになっていることです。保育内容は地域的なことも加味して、園によっては多少の違いがあるものの、カリキュラムは三園共通しているところが多い。遠足も学年によって同じ場所に行くこともある。三園交流会も楽しいイベントです。三園の専門の講師の先生、音楽の小林先生、体操のコスモスポーツの先生、絵画の舟井先生、英語のECCの外人の先生等、皆共通の先生方であり、園独自の園内研修、三園合同での研修もよく行っている。また三園の園長、主任先生が毎月集まっての主任会では保育内容や制作物の話し合いをしている。三園が協力し、高め合いながら独自性を出して、子どもの健全な成長発達を図ることができれば至上の喜びだと考えています。皐月、5月、今月は連休が続きますが、子ども中心の保育活動にまい進してまいります。

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